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ブリーフィングルームへティエリアとともに駆け付けたアレルヤは、そこで信じがたいものを見た。
クルーの皆が集まっている。七色のハロたちまで皆だ。そして中央、皆に取り囲まれて立っているのは。
「ど……どういうこと……?」
アレルヤはふらふらと輪の中心へ近付いた。人形ではない。クローンでもない。だが同じ顔。同じ顔をした二人が同時にアレルヤへ視線を寄越す。どちらも同じ――ロックオン・ストラトスその人である。
後から考えればただ双子が並んで立っていただけのことだった。一方はソレスタルビーイングの制服を、他方はノーマルスーツを着ていて右目に傷跡が残っていたから、まさか片方が鏡像という勘違いもしないでいい。なのにアレルヤはこの単純な状況をまったく認識できなかった。なぜなら双子の片方は、兄の方は、五年も前に戦死したはずだからである。死んだはずの人間がこんなところにいるはずがない。アレルヤはそれしか考えられず呆然とした。
「何だよ、その間抜け面は。見りゃわかんだろ。兄さんだよ」
発言と見事に異なる表情をしてみせた右のロックオンが、その発言内容からライル・ディランディだと知れた。いや、右目の傷跡を見ただけで左のロックオンが誰であるかくらいとっくに察するべきなのだ。あるいは、右のロックオンが誤魔化しきれずに少し浮かべる、苦さを噛んで堪えるような表情で。
ああ、彼だ。左のロックオンがアレルヤに笑みを向けてきて、やっとアレルヤは理解する。ロックオンは――ニール・ディランディは、ひょいと軽い調子で片手を挙げた。
「よぉ、アレルヤ。久しぶりだな」
「ロックオン……生きて……」
右目の傷跡は、傷というより、再生治療の施された皮膚と既存の皮膚の境目がわずかに褐色を帯びてできたもののようだった。では眼球も無事に再生できたのだろう。アレルヤを見るロックオンの右目はちゃんと焦点が合っている。
アレルヤとロックオンはがっと固い握手を交わした。
「話せば長くなるんだがな。まぁ端的に言うと、ついこないだまで記憶喪失になってた」
ついでに三年以上もの間ずっと意識不明だったらしい。というのはだいぶ後になって聞いたことで、記憶が戻ってすぐ刹那と連絡がついたことや、つまり刹那は諦めずロックオンを探し続けていたこと、以前ほど高精度な狙撃こそできないもののハロのバックアップがあればMS戦で充分通用する程度に右目が回復していることなども、この時はもしかしたら周囲でミレイナやフェルトらが口にしていたのかもしれないがアレルヤの耳を素通りしていた。ロックオンの生存を自分の中で事実として消化し、納得して、アレルヤはやっと重大なことを思い出したからである。この事実を知ってもっと喜ぶ人間がいる、と。
だがアレルヤはその背後から反応らしい反応の一切ないことに気が付いた。ずっと悔いていたようだから、もっと喜ぶと思っていたのに。きっと自分と同じように呆然自失しているのだろう。そう思って振り返る。
「ティエリア、ロックオンだよ。ロックオン・ストラトスだ。生きていたんだ」
「……」
「おいでよ、ティエリア」
「……」
「ティ、ティエリア?」
様子がおかしい。怪訝に呼びかけるアレルヤと、その声で周囲の注目がドアの手前へ佇むティエリアに集まる。
ティエリアは無表情で硬直していた。両腕は強張り、足は歩きながら石にでもなったように後ろ側の足の踵を上げたまま。アレルヤとともに入室してから微動だにしていないらしい体勢である。その異様さと、そうなっても仕方ない状態だったこれまでのティエリアを思い返して、アレルヤは迂闊に周囲へ注目させてしまったことを反省した。
ティエリアは息もしていない。まるで壊れたビスクドールだ。何となく皆が静まってしまい、ブリーフィングルームがしんとする。責任を感じたアレルヤはティエリアを引っ張ってルームから出ようとしたが、ロックオンの手によって遮られた。
ロックオンは、一歩ずつを踏みしめるようにティエリアへ近付いてゆく。ティエリアはやはり動かない。
「――ティエリア」
ロックオンの声は、今まで聞いたことがないくらい低かった。優しげな、愛おしげな響きが隅から隅までに詰まっていた。ライルがアレルヤの横で一層苦い表情をして、アレルヤは目の奥が痒くなるような心地になる。どっちの気持ちも、いや、三人ともの気持ちを、目の当たりにしたからだ。
身動きひとつしなかったティエリアが、ぱた、と初めて瞬きをした。うん、とロックオンは頷く。それだけで伝わったのだろう、ティエリアの瞳にルビー色の光が灯る。だがまだ無表情のままだ。
ティエリアの目前まで来てやっとロックオンは立ち止まった。ティエリアの首が見上げるようにのろのろ動く。そしてまた止まる。
ロックオンはもう、隠そうとしなかった。
「……待たせた」
言いざま持てる力の限り、ティエリアを強く抱き締めた。
ティエリアがひゅっと息を漏らす。突然のことに目を瞠る。背はしなり、両足があまりの力に一瞬床から離された。抱き締めるというより拘束するような激しさで思い切り抱きすくめられている。数秒遅れてティエリアの髪がふわりと慣性で宙を舞う。
アレルヤはなぜだか飛び出そうとした。しかしライルに肩を掴まれ、やむなく拳を握るに留める。すると目の端に微笑している刹那が見えて、アレルヤはほっと力が抜けた。多分同じ思いなのだ。刹那はアレルヤよりずっと長い間苦しむティエリアを見ていたのだから。
手加減のない抱擁が息苦しかったか、ティエリアは自分の右耳辺りにあるロックオンの顔を見ようとし、顎を上げて、すり、と頬で彼に触れた。
「ロ……ロック……オン……?」
震える吐息で囁くそれは問いであって問いでなかった。今起こっている出来事が夢ではないと自分に言い聞かせる声だった。ロックオンが返事のつもりかティエリアをさらに抱き締める。ティエリアは唇を戦慄かせる。
「……ロックオン……!」
ティエリアの顔が見る間に歪んだ。一気にぼろぼろと大粒の涙が溢れ出た。
「悪ぃ」
「……っ……」
「辛い思いをさせた」
「っく……ろっ……くおん……っ……」
「あぁ」
「ろっくおん……ろっくお……」
「ティエリア」
「……あ、あいたかっ……た!! あなたに……!!」
ティエリアの涙が丸い雫になって次から次へと微重力空間を漂った。透明でありながら、ティエリアの瞳を反射したルビー色だった。ロックオンのノーマルスーツにも涙がころころ付着し、角に当たっては小さく弾ける。儚さはまるで体中の悲しみが涙に溶けているようだった。
二人はずるずるしゃがみ込む。おそらくティエリアが立っていられなくなったのだ。ロックオンはティエリアの頭を胸へ押し付けるように抱え込む。ノーマルスーツの親指でもどかしそうにティエリアの目元の涙を拭う。されるがままだったティエリアは、それで突然ロックオンに爪を立ててしがみ付き、身も蓋もなく泣きじゃくった。
ふとアレルヤは肩越しに振り返る。肩に置かれたままだったライルの手が細かく震えていたからだ。ライルはどちらかを厳しい目付きで睨んでいる。睨みながら、小さく唇だけが動く。
(お……め……?)
それは無意識だったらしい。アレルヤに気付くと眼差しを緩めてやるせなさそうに苦笑した。傍に来ていた刹那と三人で目を見交わしながら、ライルはそっと肩を竦める。
ライルが率先して床を蹴り、まだ泣いているティエリアの背中をロックオンの腕越しにぱんと叩いた。刹那も連なる。アレルヤも。三人でティエリアを引っ張り上げて立たせ、照れて笑うロックオンと、肩を抱き合って再会を祝した。ティエリアはロックオンへ額を擦り付けるように凭れかかって泣いている。
ハレルヤ、見てるかい。
笑いながら、アレルヤは思わず頭の中へ語りかけていた。
クルーの皆が集まっている。七色のハロたちまで皆だ。そして中央、皆に取り囲まれて立っているのは。
「ど……どういうこと……?」
アレルヤはふらふらと輪の中心へ近付いた。人形ではない。クローンでもない。だが同じ顔。同じ顔をした二人が同時にアレルヤへ視線を寄越す。どちらも同じ――ロックオン・ストラトスその人である。
後から考えればただ双子が並んで立っていただけのことだった。一方はソレスタルビーイングの制服を、他方はノーマルスーツを着ていて右目に傷跡が残っていたから、まさか片方が鏡像という勘違いもしないでいい。なのにアレルヤはこの単純な状況をまったく認識できなかった。なぜなら双子の片方は、兄の方は、五年も前に戦死したはずだからである。死んだはずの人間がこんなところにいるはずがない。アレルヤはそれしか考えられず呆然とした。
「何だよ、その間抜け面は。見りゃわかんだろ。兄さんだよ」
発言と見事に異なる表情をしてみせた右のロックオンが、その発言内容からライル・ディランディだと知れた。いや、右目の傷跡を見ただけで左のロックオンが誰であるかくらいとっくに察するべきなのだ。あるいは、右のロックオンが誤魔化しきれずに少し浮かべる、苦さを噛んで堪えるような表情で。
ああ、彼だ。左のロックオンがアレルヤに笑みを向けてきて、やっとアレルヤは理解する。ロックオンは――ニール・ディランディは、ひょいと軽い調子で片手を挙げた。
「よぉ、アレルヤ。久しぶりだな」
「ロックオン……生きて……」
右目の傷跡は、傷というより、再生治療の施された皮膚と既存の皮膚の境目がわずかに褐色を帯びてできたもののようだった。では眼球も無事に再生できたのだろう。アレルヤを見るロックオンの右目はちゃんと焦点が合っている。
アレルヤとロックオンはがっと固い握手を交わした。
「話せば長くなるんだがな。まぁ端的に言うと、ついこないだまで記憶喪失になってた」
ついでに三年以上もの間ずっと意識不明だったらしい。というのはだいぶ後になって聞いたことで、記憶が戻ってすぐ刹那と連絡がついたことや、つまり刹那は諦めずロックオンを探し続けていたこと、以前ほど高精度な狙撃こそできないもののハロのバックアップがあればMS戦で充分通用する程度に右目が回復していることなども、この時はもしかしたら周囲でミレイナやフェルトらが口にしていたのかもしれないがアレルヤの耳を素通りしていた。ロックオンの生存を自分の中で事実として消化し、納得して、アレルヤはやっと重大なことを思い出したからである。この事実を知ってもっと喜ぶ人間がいる、と。
だがアレルヤはその背後から反応らしい反応の一切ないことに気が付いた。ずっと悔いていたようだから、もっと喜ぶと思っていたのに。きっと自分と同じように呆然自失しているのだろう。そう思って振り返る。
「ティエリア、ロックオンだよ。ロックオン・ストラトスだ。生きていたんだ」
「……」
「おいでよ、ティエリア」
「……」
「ティ、ティエリア?」
様子がおかしい。怪訝に呼びかけるアレルヤと、その声で周囲の注目がドアの手前へ佇むティエリアに集まる。
ティエリアは無表情で硬直していた。両腕は強張り、足は歩きながら石にでもなったように後ろ側の足の踵を上げたまま。アレルヤとともに入室してから微動だにしていないらしい体勢である。その異様さと、そうなっても仕方ない状態だったこれまでのティエリアを思い返して、アレルヤは迂闊に周囲へ注目させてしまったことを反省した。
ティエリアは息もしていない。まるで壊れたビスクドールだ。何となく皆が静まってしまい、ブリーフィングルームがしんとする。責任を感じたアレルヤはティエリアを引っ張ってルームから出ようとしたが、ロックオンの手によって遮られた。
ロックオンは、一歩ずつを踏みしめるようにティエリアへ近付いてゆく。ティエリアはやはり動かない。
「――ティエリア」
ロックオンの声は、今まで聞いたことがないくらい低かった。優しげな、愛おしげな響きが隅から隅までに詰まっていた。ライルがアレルヤの横で一層苦い表情をして、アレルヤは目の奥が痒くなるような心地になる。どっちの気持ちも、いや、三人ともの気持ちを、目の当たりにしたからだ。
身動きひとつしなかったティエリアが、ぱた、と初めて瞬きをした。うん、とロックオンは頷く。それだけで伝わったのだろう、ティエリアの瞳にルビー色の光が灯る。だがまだ無表情のままだ。
ティエリアの目前まで来てやっとロックオンは立ち止まった。ティエリアの首が見上げるようにのろのろ動く。そしてまた止まる。
ロックオンはもう、隠そうとしなかった。
「……待たせた」
言いざま持てる力の限り、ティエリアを強く抱き締めた。
ティエリアがひゅっと息を漏らす。突然のことに目を瞠る。背はしなり、両足があまりの力に一瞬床から離された。抱き締めるというより拘束するような激しさで思い切り抱きすくめられている。数秒遅れてティエリアの髪がふわりと慣性で宙を舞う。
アレルヤはなぜだか飛び出そうとした。しかしライルに肩を掴まれ、やむなく拳を握るに留める。すると目の端に微笑している刹那が見えて、アレルヤはほっと力が抜けた。多分同じ思いなのだ。刹那はアレルヤよりずっと長い間苦しむティエリアを見ていたのだから。
手加減のない抱擁が息苦しかったか、ティエリアは自分の右耳辺りにあるロックオンの顔を見ようとし、顎を上げて、すり、と頬で彼に触れた。
「ロ……ロック……オン……?」
震える吐息で囁くそれは問いであって問いでなかった。今起こっている出来事が夢ではないと自分に言い聞かせる声だった。ロックオンが返事のつもりかティエリアをさらに抱き締める。ティエリアは唇を戦慄かせる。
「……ロックオン……!」
ティエリアの顔が見る間に歪んだ。一気にぼろぼろと大粒の涙が溢れ出た。
「悪ぃ」
「……っ……」
「辛い思いをさせた」
「っく……ろっ……くおん……っ……」
「あぁ」
「ろっくおん……ろっくお……」
「ティエリア」
「……あ、あいたかっ……た!! あなたに……!!」
ティエリアの涙が丸い雫になって次から次へと微重力空間を漂った。透明でありながら、ティエリアの瞳を反射したルビー色だった。ロックオンのノーマルスーツにも涙がころころ付着し、角に当たっては小さく弾ける。儚さはまるで体中の悲しみが涙に溶けているようだった。
二人はずるずるしゃがみ込む。おそらくティエリアが立っていられなくなったのだ。ロックオンはティエリアの頭を胸へ押し付けるように抱え込む。ノーマルスーツの親指でもどかしそうにティエリアの目元の涙を拭う。されるがままだったティエリアは、それで突然ロックオンに爪を立ててしがみ付き、身も蓋もなく泣きじゃくった。
ふとアレルヤは肩越しに振り返る。肩に置かれたままだったライルの手が細かく震えていたからだ。ライルはどちらかを厳しい目付きで睨んでいる。睨みながら、小さく唇だけが動く。
(お……め……?)
それは無意識だったらしい。アレルヤに気付くと眼差しを緩めてやるせなさそうに苦笑した。傍に来ていた刹那と三人で目を見交わしながら、ライルはそっと肩を竦める。
ライルが率先して床を蹴り、まだ泣いているティエリアの背中をロックオンの腕越しにぱんと叩いた。刹那も連なる。アレルヤも。三人でティエリアを引っ張り上げて立たせ、照れて笑うロックオンと、肩を抱き合って再会を祝した。ティエリアはロックオンへ額を擦り付けるように凭れかかって泣いている。
ハレルヤ、見てるかい。
笑いながら、アレルヤは思わず頭の中へ語りかけていた。
2009/03/20
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