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 小雨が降っていた。
 傘は差さない。両手で白い花束を胸に捧げ持っている。いやに黄色い葯を持つ、その花の名前なんて知らない。ブラックスーツにおしべが触れてべたりと黄色い粉が付く。
 ティエリアは墓の前に立った。十字架は雨で鈍色になっていた。台座の前へ膝を突く。水を吸った芝生、ティエリアの膝を冷たく濡らすも気にならない。膝を突いて、花束を置いて、そしてティエリアは雨を顔で受けるようにして濡れた十字架を仰いだ。
 眼鏡に雨粒がぽろぽろ掛かる。鼠色の雲がどんより広がっている。俯けば頬に落ちた雫が鼻を伝って膝へ滴り、じわ、とスーツをより黒くした。白いワイシャツの襟にも雨粒が染みを作る。
 ティエリアは台座へ指先を伸ばす。彫られた文字を指の腹でゆっくりなぞる。
 ここに死体は埋まっていない。彼の死体は無数の塵、破片となって、ラグランジュ一を漂っている。そしてここには死体の代わりに彼の遺品が埋められていた。最期に左目で使用しただろう、GNアームズのコントローラー。刹那が回収したものである。
 まるで点字を読むように、墓碑をなぞりながら声を出した。
「……ニール・ディランディ……」
 目を閉じる。墓石に指の体温が削られてゆく。ニール、の部分を幾度も繰り返しなぞった。綴りが染み込んで指に刻まれて取れなくなったらいいのにと思った。もう心には深く深く最深にまで刻まれているから。
 心もち身を乗り出して、雨に濡れて青ざめる唇を薄く開いて。雨の中ティエリアは待つ。懐かしいあの感触を。
「ニール……」
 ――風邪引くぞ、ティエリア。
 彼がそう言ってあの感触を唇に置いてくれた気がした。
 彼が抱き締めてくれたかのように、雨がその時だけ止んだ。


2009/03/28
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