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ケルディムのコクピットを開き、ティエリアはそっと、シートへ指先だけで触れた。
当惑している。彼と似た男が彼の名を名乗る、この不自然に。
彼には双子の弟がいたのか、というありきたりな感想はだいぶ後になってようやく出てきたものであり、この時はまだ、激しい苛立ちで胸が詰まるばかりである。それは彼の名。これは彼の後継機。似て非なる者がケルディムへ搭乗する気持ち悪さはどうしても抑えることができない。
新生CBへ打ち込もうとした、そうやって忘れようとした彼への贖罪願望が、ティエリアの胸で赤い膿を垂らして喚き散らす。
「……ロックオン……」
シートの背凭れへ額をぎゅっと押し当てる。爪を立てる。縋り付く。まるで彼が、そこへ座っているように。
「ロックオン……ッ」
忘れられるわけがない。彼の微笑みも優しさも、ティエリアを抱く腕の匂いも息遣いも全部、全部。染み付いて侵されて芯から気が狂うほど――恋しい。だけど彼を求めれば畢竟失うに至った自らの過ちを追体験するに他ならず、ティエリアは夜毎、絶叫する心に全身を掻き乱されているのだ。
「なぁ、……泣いているのか?」
突然背後から聞こえた声に、ティエリアはびくんと竦み上がった。見る間でもなく知りすぎている声である。同じだ。判別できない自分を呪うくらい、愛しい彼とそっくりの声。
ティエリアは慌てて手首で乱雑に涙を拭いた。振り返るとやはり、彼とそっくり。瓜二つの顔がティエリアを無遠慮に覗き込む。
「ぐしゃぐしゃだな、お前。せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ」
「……見るな」
「と言われても。これ、俺の機体だろ。使いこなせないじゃ格好悪いからな、夜中にこっそり練習しようと思ってさ……」
「――ッ!」
防ぐ間もなく、目元を指で拭われた。
同じ太さと感触の指で。彼とまったく同じように。同じ表情、心配げな、どこか安心させてくれる穏やかな様をそっくりの顔にそっくり浮かべて。肩の力を抜いた気負わない彼らしい話し方。
「……余計泣くか? ふつー」
じわ、と、滲んだ新たな涙はもう自力で止められない。後から後から込み上げる。頬を伝って顎から滴る。ぽた、とコクピットに零れる。
この何から何まで彼に似すぎている青年は、ただそこにいるだけで、彼がいないという真実を最も残酷に突きつけるのだ。
ティエリアは口元を両手できつく押さえ込んだ。それでも隙間から嗚咽が漏れた。我慢できない。しゃがみ込む。二度と会えない彼への想いが堰を切って溢れ出す。
「――好きだったのか」
兄さんのこと。
哀れむような問いかけが静かにティエリアへ落とされた。ティエリアは力なく首を横へ振る。好きだなんて言葉で片付けられないから。だった、と過去の思い出にしてしまえたら楽なのに。
ティエリアの肩へ気遣うように手が添えられる。その体温までことごとく似通っている。けれど違う。彼じゃない。彼はいない。
分かっている、僕が、私が、彼を死へと追いやったのだ。
慟哭は激しさを増し、ついに声が枯れて、それでもがらがらの咽喉ですすり泣く。背をゆっくりと叩かれてまた叫びたい激情がぶり返す。
そしてティエリアは嫌悪した。泣き止むまで待っていてくれる背後の胸に、飛び込みたくなる弱い自分の本心へ。
当惑している。彼と似た男が彼の名を名乗る、この不自然に。
彼には双子の弟がいたのか、というありきたりな感想はだいぶ後になってようやく出てきたものであり、この時はまだ、激しい苛立ちで胸が詰まるばかりである。それは彼の名。これは彼の後継機。似て非なる者がケルディムへ搭乗する気持ち悪さはどうしても抑えることができない。
新生CBへ打ち込もうとした、そうやって忘れようとした彼への贖罪願望が、ティエリアの胸で赤い膿を垂らして喚き散らす。
「……ロックオン……」
シートの背凭れへ額をぎゅっと押し当てる。爪を立てる。縋り付く。まるで彼が、そこへ座っているように。
「ロックオン……ッ」
忘れられるわけがない。彼の微笑みも優しさも、ティエリアを抱く腕の匂いも息遣いも全部、全部。染み付いて侵されて芯から気が狂うほど――恋しい。だけど彼を求めれば畢竟失うに至った自らの過ちを追体験するに他ならず、ティエリアは夜毎、絶叫する心に全身を掻き乱されているのだ。
「なぁ、……泣いているのか?」
突然背後から聞こえた声に、ティエリアはびくんと竦み上がった。見る間でもなく知りすぎている声である。同じだ。判別できない自分を呪うくらい、愛しい彼とそっくりの声。
ティエリアは慌てて手首で乱雑に涙を拭いた。振り返るとやはり、彼とそっくり。瓜二つの顔がティエリアを無遠慮に覗き込む。
「ぐしゃぐしゃだな、お前。せっかくの綺麗な顔が台無しだぜ」
「……見るな」
「と言われても。これ、俺の機体だろ。使いこなせないじゃ格好悪いからな、夜中にこっそり練習しようと思ってさ……」
「――ッ!」
防ぐ間もなく、目元を指で拭われた。
同じ太さと感触の指で。彼とまったく同じように。同じ表情、心配げな、どこか安心させてくれる穏やかな様をそっくりの顔にそっくり浮かべて。肩の力を抜いた気負わない彼らしい話し方。
「……余計泣くか? ふつー」
じわ、と、滲んだ新たな涙はもう自力で止められない。後から後から込み上げる。頬を伝って顎から滴る。ぽた、とコクピットに零れる。
この何から何まで彼に似すぎている青年は、ただそこにいるだけで、彼がいないという真実を最も残酷に突きつけるのだ。
ティエリアは口元を両手できつく押さえ込んだ。それでも隙間から嗚咽が漏れた。我慢できない。しゃがみ込む。二度と会えない彼への想いが堰を切って溢れ出す。
「――好きだったのか」
兄さんのこと。
哀れむような問いかけが静かにティエリアへ落とされた。ティエリアは力なく首を横へ振る。好きだなんて言葉で片付けられないから。だった、と過去の思い出にしてしまえたら楽なのに。
ティエリアの肩へ気遣うように手が添えられる。その体温までことごとく似通っている。けれど違う。彼じゃない。彼はいない。
分かっている、僕が、私が、彼を死へと追いやったのだ。
慟哭は激しさを増し、ついに声が枯れて、それでもがらがらの咽喉ですすり泣く。背をゆっくりと叩かれてまた叫びたい激情がぶり返す。
そしてティエリアは嫌悪した。泣き止むまで待っていてくれる背後の胸に、飛び込みたくなる弱い自分の本心へ。
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