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 図々しく咲く純原色の花々と、噎せ返る蜜の濃い香り。贅の限りを尽くしたことが容易に窺える温室である。どれも奇抜な印象の植物が所狭しと繁茂して、木々の奥から聞こえるさえずりはいかにも野性的で甲高い。
 南国風、がテーマだそうだ。確かに若干蒸し暑さを覚え、ティエリアはカーディガンの袖を捲る。
 エージェントの用意した隠れ家が豪奢に過ぎるのはいつものことだが、この別荘は付随する温室の方に敷地の大半を割いている。ここアフリカ大陸へ南国を再現した温室を作る人間の意図がティエリアにはおよそ理解し難い。人類はかくも愚かなものか。
 つと見上げれば、甘ったるく湿気た中を並んで歩くロックオンが大きな欠伸を噛み殺していた。いくらか乱暴に目を擦り、やんわり周囲を見回す瞼が重そうだ。ティエリアが次のミッションまで無為に地上で滞在せねばならないことへ内心密かに滅入る中、彼は思いがけなく入手した休暇と割り切っているようである。
 二人の進路で大きな鳥が飛び去った。生息する植物と同種の派手な色合いがガラスで覆われた天井を舞い、草木の間に姿を消した。残るはティエリアの、舗装路へ少しだけ零れた土を踏み潰す、ざりざりした足音のみである。ロックオンはあまり物音を立てない。ぎくしゃく歩くティエリアをよそに、ロックオンはうんと緩慢な動作で背筋を伸ばす。
「ねみー」
「ではこんなところを散歩していないで部屋に戻って仮眠を取れば」
「お、あれ、座ろうぜ」
 ティエリアの憮然とした指摘はきれいに聞き流されたらしい。欠伸を手で押さえるロックオンが木製のベンチへ目を遣った。
 ソレスタルビーイングの所信表明を世界へ放って数ヶ月、こんなところでのんびりしている暇はない。しかし、宇宙では味わえないぬるまゆのような温室の空気が想像よりも不快でないし、かといってずっと歩き続けるほど気に入っているわけでもない。つまり、ロックオンの誘いを断る理由は見つからないということになる。
 それでも躊躇うティエリアは、肩を押すように促されて半ば強引に座らされた。ロックオンも隣に腰掛ける。背凭れに上腕を乗せるとロックオンはそのまま無防備に顎を仰け反らす。
 は、と掠れた息遣い。低く右耳に落ちた途端、ティエリアは反射的にぎゅっと握った両手を膝へ力いっぱい押し付けた。一度目線を落としてしまえばもう顔が上げられない。握り締めた親指の先が白く、そして赤くなっていくのを必死で睨み続けるだけだ。
「ティエリアは、眠くならないのか?」
 ロックオンの語調は普段よりやや遅かった。心地よく耳をくすぐられる感覚へ、ティエリアは躍起になって抗う。膝頭へ思い切り爪を立てる。
「なぜ。今は任務中です」
「次のミッションはまだだろが。まぁ、確かに待機行動中ではあるけどな」
「我々はトレミーからの指示に即応できるよう常に臨戦態勢を取っておくべきだ」
「そう苛々しなさんなって。要するに、お前は無為に時間の過ぎるのが嫌なんだろ。何かしてねぇと焦るっつうか」
「そういうわけでは」
「でもそうやって気を張りすぎるからほら。ここに、隙がある」
 隙、と言いながらロックオンはティエリアの襟髪を一房摘んだ。節くれ立った指先が首に触れ、ティエリアは大げさにびくりと怯む。出かかった声を寸前で無理矢理飲み下す。
「ッ……否定はしません」
「いつになく物分かりがいいじゃないか」
「ですが、貴方はあまりにもリラックスしすぎているのでは」
「はは、そりゃあそうだ」
 何が楽しいのか、ロックオンはからりと快活に笑った。
 掴まれたままの髪に神経が通ってしまったようだ。後ろ髪がもどかしくてたまらない。ティエリアは一層堪えるように肩を縮める。ロックオンはまだ笑っている。
 背凭れに引っかかったロックオンの二の腕をティエリアは急に意識した。俯いたままではどのくらい近いのか分からないからだ。上体がロックオンの方へ傾きかける。慌てて自らを制止する。
「寛ぎもするさ。ここは静かで、あったかくて、ものが燃える臭いもしないだろ。で、さらに」
 紫紺の毛束がさらさらと緩やかに散らされた。次いで横髪を許可もなく耳に掻き上げられて、ティエリアは背を突っ張らせる。ロックオンの柔らかい表情や慈しみに満ちた眼差しが、髪で遮られずに届けば余計、全身が不自然に固くなる。
「――隣にお前がいる」
 ティエリアの肩へそっと腕が回された。ふいに鼻の奥が苦しくなる。逃れるために身動いだはずが、単に背筋を小さく震わせるしかできず、ティエリアは息苦しさから唇を半分だけ開く。唇を通る呼吸が熱い。
「状況がどうとか今さら言うなよ。いいだろ、ちょっとくらいこうしてお前と安らいでも」
「……安、らぎ」
「おかしいか? 人殺しが何を一人前に、って」
「い、いいえ!」
 ティエリアは懸命に首を振った。
「私は……逆です」
 触れるだけで抱き寄せられない左肩が痛いくらいに強張っている。五感はことごとく研ぎ澄まされてすべてロックオンひとりに向かい、彼の、胸を撫で下ろすように静かな溜息、ティエリアの言葉を咀嚼してかかすかに揺らぐ瞳まで、余さず感じ取っている。
「私は、貴方が隣にいると緊張します」
 甘かったり、苦しかったり、痛みを覚えてはそのじれったさに酩酊したり。今まで経験したことのない雑多な感情が一時にどっと押し寄せる。
 これが何なのか分からない。だから不安になる。手を伸ばしたくなる。すぐそばに感じる、貴方、へ。
 ――なぜ?
「緊張して……顔が、熱くなる……」
 ティエリアは消え入るように呟いた。瞼を伏せる。頬が熱すぎてひりひり痺れる。抑えようと眉間にきつく皺を刻む。
 萎縮する肩を手繰り寄せられ、ロックオンの額がこつんとティエリアのそれに優しくぶつけられた。ティエリアの咽喉は呼吸を忘れる。苦しいけれど、離れたくない。心臓ががんがんと警鐘を鳴らす。
(……早く、して)
 眼鏡を丁寧に取り外されたところでやっと、ティエリアは期待を自覚した。
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