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「何処行くんだ?」
出来うる限り気付かれない様にその腕から抜け出た筈が、それでもベッドを離れる瞬間ぱしりと取られてしまった腕に、ティエリアは相手に気付かれない様ひっそりと嘆息した。
ゆっくりと振り返れば、真っ直ぐに己を見つめるロックオンの双眸。
「自室に戻る」
「何で。此処に居ろよ」
その瞳に見つめられるのが、ティエリアは余り好きではなかった。真っ直ぐ過ぎるその色が、何故だか心を落ち着かなくさせるからだ。
その腕に包まれて眠るのも、ティエリアは余り好きではなかった。優しくて温かいその場所が、胸を締め付けて堪らなくなるからだ。
「断る」
苦しくて、息苦しくて、切なくて、甘くて、心地好くて、安らげて。
どうしても嫌いになれないそれらを振り払う様にして立ち上がれば、ほんの数時間前まで酷使されていたティエリアの体はその意思に反してかくりと力が抜けてしまう。
そのまま床にへたり込み苦々しい顔をするティエリアに、ロックオンは苦笑気味にくつりと喉を鳴らした。
「無理しなさんな」
おもむろに伸びたロックオンのしなやかな筋肉の付いた腕が、ティエリアの細腰を捕まえひょいと抱え上げる。不意に感じた浮遊感に息を詰めるが早いか再びベッドへと引きずり込まれ、ティエリアは眉を寄せて抗議の声を上げた。
「ロックオン!」
「お前が俺の腕の中が苦手なのは知ってるけど、抱いた相手が気付けば居なくなってるってのは結構寂しいもんなんだぜ」
知った事か、とティエリアが抵抗しようとするも、ロックオンはその抵抗ごと細い体をぎゅうと抱き締める。
こうなってしまえば単純に腕力で劣るティエリアに勝ち目は無い。諦めた様にティエリアの体から力が抜けるのを感じ、ロックオンもまた腕の力を緩めた。
そっと抱き締められ、髪を優しく撫でられて。
大切に包み込まれる感覚に、湧き起こるのは言い様のない甘やかな心地。
これは一体何なんだろう、と幾度となく思ってきた事をティエリアはまた思う。
―――そして今日も、やはり答えは出ない。
「……なぁ、ティエリア」
体温にうとうとと眠気を誘われ始めた頃、ふと自分を呼ぶ声にティエリアはのろのろと視線を上げた。しかしその瞳が自分を映す前に、ロックオンは紫の髪を掻き上げ露になった額へちゅ、と口付ける。
「初めて、未来を望んだんだ。過去ばかり見て変われないでいた俺が―――今でも変われてないままだけど、それでも、……此処に来て、初めて未来を望んだ」
「…ロック、オン?」
ティエリアは小さく笑む口許を見た。余りに顔を近付け合っているので目許は窺えない。
「今抱えてる、その気持ちが何なのか。お前がそれを知るのを待ってるよ」
きゅう、と少し強めに抱き締められ、ティエリアはくらりと眩暈の様な心地を覚えた。
甘い。苦しい。離れたい。離れたくない。
離れ、たく―――…。
「お前がそれを知ったら、気付いたら、その時は」
言うから。
そんな耳元での囁きに、ティエリアはふるっと肩を震わせる。
その広い背中へと伸ばしそうになった手を、知らずきゅうっと胸元で握り締めて。



その時抱えていたそれが幸福だという事に、その事にティエリアが漸く気付いたのは、―――彼が死んで暫しの後の事だ。





(やっと知ったのに。やっと気付いたのに。なのに貴方はもう此処には居ない)
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