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 クリスマスツリーのてっぺんに星だなんて、いったい誰が決めたのだろう。
「もう少し、右へ寄って下さい」
「右ィ?」
「あっ、行きすぎ、左……届かない……ッ」
 ニールに肩車してもらってそこから思い切り腕を伸ばしてもまだもう少し届かない。妥協して星の頂点からツリーのてっぺんが少々見えてもいいかと思ったり、けれどちゃんとツリーのてっぺんに星の股の部分が来るべきであると思い直したり。逡巡が焦りに拍車を掛ける。
「も、いいぜ。適当で」
「嫌です」
「ターキー買うんだろ? 売り切れちまうぞ?」
「翌日に半額セールで売りさばく余裕を見越して入荷しているはずです」
「よく知ってんなぁ。だいぶ俗世間に慣れてきたっつうか」
「手元が揺れますから少し黙っていて下さい」
 これが意地というものか。何が何でも星をてっぺんに付けてみせたい。
「ティーエ」
 けれど含み笑いとともに呼ばれて、ティエリアはようやく真のてっぺんを諦めた。
 星はただの段ボール紙に黄色い折り紙を貼り付けて星型に切っただけだった。裏側に、ガムテープの粘着面を表にして輪にしたものをくっ付けている。だから元から、ツリーのてっぺんに乗せられるような形状をしていなかったのだ。ツリーだってたまたまお向かいさんが今夏引っ越した時に処分を押し付けられたものだし、だから天井へ突き当たるくらい大きいのだが、飾り付けはティエリアがちまちま作った折り紙の星とニールが工場でもらってきたという綿だけだ。いくら満足できる状態でてっぺんに星を飾れたとしても、殺風景なこの部屋に似つかわしく質素であることに変わりはなかった。
 けれどてっぺんに飾れなかったらもっと情けない。街にきらめくイルミネーションの迫力をこれから目の当たりにするなら尚更。
「……できました」
 肩車されてる足を揺らしてニールに任務完了を告げれば、宥めるように膝頭をぽんぽん叩かれた。股の間に栗茶色の頭が挟まっている。変な気分だ。
「怒んなよ」
「怒っていません」
「じゃーがっかりしてんだ?」
「……ええ、きっと」
 ――貴方が。
 ティエリアはいつも心配している。
 私とともにトレミーを降りたニール。こんな質素で平凡な生活、CBを離れた現在の状況に、本当は後悔しているのでは。
 ニールは生活費を稼ぐため朝から晩まで働いている。毎日毎日。何をしているのかは知らない。ティエリアは典型的な箱入りだからガンダムの操縦と戦争以外に何もできず、毎日ニールの帰りを待ちながらみすぼらしい食事を作るだけだ。その料理だってマトモにできない。七面鳥も焼けない。年に一度のクリスマスイヴなのに。
「……あのな、ティエリア」
 ニールはティエリアを肩から下ろした。名残惜しげなその横顔をティエリアは直視できなかった。やっぱり星はてっぺんに付けるべきだったのだ。ニールを失望させてしまった。
 名残惜しいのはティエリアが肩を降りたから、とはおよそ考えも付かない。
「俺はお前にンーな顔してほしくねぇんだ。お前を毎日一番喜ばせてやりたい。……けど、なぁ、何が悪かった? クリスマスツリーなんかやっぱ好きじゃなかったか、だよな、サンタを信じるガキじゃあるまいし」
 口調はどこまでも軽かった。口許には笑みが浮かんでいた。子供をあやして適当なことを言っているみたいな気軽さだ。ティエリアから目を逸らして伸びをする、その背に一瞬の影が差さなかったら、ティエリアはクリスマスなんかと突っぱねてしまうところだった。
「俺ばっか浮かれちまって」
「違います!」
 咄嗟にティエリアは怒鳴った。ニールの背中に後先考えずむしゃぶり付いた。
「貴方が、クリスマスイヴに私といても楽しくなかったのではないかと! 皆で……刹那やアレルヤやイアン、ラッセ、ラ、ライルたちと……」
 ものすごく不安だ。ニールが後悔していないのか。
 後悔は今日だけのことではない。半生を捧げてまで痛みと歩んだ世界変革への道をあっさり放棄して、アイルランドの片隅で二人、細々とただの貧相な生活を営んで。何の変化も贅沢もない毎日、つまらない日々。ニールの人生は台無しになったんじゃなかろうか。
 ニールの背中にしがみ付いたらティエリアは身動きが取れなくなった。何よりも離れたくなかったし、それに、ニールの今の表情を見ることが怖かったのだ。
 こうやって不安をニールに押し付けるのもティエリアは嫌でたまらなかった。ティエリアがもっと頑張ればいいのだ。ニールを充足させられるよう、漫然とした日常の消化に埋もれないよう。けれどいくら頑張ってもまったくの無意味に終わるかもしれない。ティエリアを選んでくれたこと自体が過ちだったかもしれないのだから。そうやって何度も仮定と推量を行き来して、不安で、恐ろしくて、負の感情をニールに隠していることもできない。言っても困らせるだけなのに。
「実はな、ティエリア。刹那には連絡してあんだ」
 背中を伝ってニールの照れた声がした。
「けど忙しいってよ。中東のさ……テロ組織を壊滅させんだって」
「それは、K――」
「俺の家族の仇がどうとかさ、刹那の過去とかさ。そういう私怨はお互いナシにしようっつって。テロ組織が不安定な政権と民間人の生活を危ぶめている、それを駆逐するのが仕事だっつって」
 あっさりしすぎたニールの様子が嘘に見えて仕方ない。けれど嘘とも思えない。では我慢しているのですか。貴方は本当は今すぐにでも作戦に加わりたいのですか。私に気を使わせないため淡白な風を必死で演じているのですか。
 ニールの挙動を疑うと同時に、ティエリアは少なからず驚いてもいた。CBを離れてなおニールは機密情報を容易に入手しているのだ。
(――未練、なのでは)
 まるで、CBから縁を切られたくない、と願っているようではないか。
「だから俺らはさ、ティエリア。平凡な生活を送らなくちゃならねぇんだ」
 ニールはティエリアとの民間人生活を捨ててCBに戻りたいのかもしれない。そう思いさえしていたティエリアには、だから、とニールの続ける意味が分からなかった。
「俺たちはな、あいつらが勝ち取ったもんを享受するのが役割だ。今日こうやってクリスマスを満喫できるのはあいつらが戦ってるおかげだろ。あいつらだって、お前が慣れない平和にひたれてるから頑張れる」
 ニールの声は優しかった。ティエリアとニールの間へ誤解や齟齬があることに気付き、どうにか払拭しようと心を砕いてくれている声だ。だからティエリアは心を尽くしてニールの真意を考える。
 つまりこういうことなのだろうか。今ティエリアの感じている不安こそが、沙慈・クロスロードの求めていた平和だと。紛争の存在や政治の行く末は今この時に関係がなくて、目前の生活をいかに楽しむかばかり苦慮し、手元に使命のないふわふわした状態で平凡な毎日を退屈に過ごす。時にはちっぽけな悩みにかかずらって、泣いて、笑って。
 大げさだけどさ、と前置きしてからニールは両手を広げて言った。
「連中にとって、ティエリア、お前は世界の象徴なんだ」
「……よく分かりません」
「だよな」
 広げられたニールの両手はおいでおいでと手招きしているようだった。とても誘惑に抗えない。ティエリアはニールの正面に回り、改めてお腹にしがみ付く。待ちかねたようにニールが両腕で包み込んでくれる。
「ターキーを買いに行きませんか。早く、今すぐ」
「売れ残ってるんじゃなかったのかよ」
「ローストされた肉は温かいうちにいただくものなのでしょう? 今なら帰りにケーキも買うことができます、鏡餅も」
「餅ぃ?」
「クリスマスに食べるものではないのですか」
「ははっ、そりゃお前、サジ君の言ってたお正月ってやつじゃねぇか」
 ニールの匂いが目に沁みた。心配も不安も、だんだんどうでもよくなってきた。ニールが笑ってくれたらいい。それだけでいい。
「あのな、クリスマスな、俺はどうでもよかったんだ」
 笑いながら、ニールはティエリアの考えと似たようなことを言った。どうでもいい対象はだいぶ違うけれど。
 ニールはティエリアごと横へ半歩足を出し、ハンガーに引っかかっている上着を二枚手に取った。一着をティエリアに羽織らせてくれる。ニールの腕が離れた肌寒さにしがみ付く力を強めると、お返しなのか、旋毛にニールの唇が降る。
「クリスマスイヴをお前に楽しんでほしかったんだ。お前の笑顔が見たいから」
(――私も! 同じです!)
 ティエリアは思わず息を飲んだ。顔を上げて、ニールと目が合えば、心の中で叫んでいた。勢いが付きすぎて声帯を通らなかったのだ。
 沙慈・クロスロードの夢見る平和がやっと具体化した。誰がどこで戦っていても構わない、誰がどこで死んでいっても構わない。ニールが側で笑っていてさえくれるなら。あまりに独りよがりで身勝手な理屈だ。真実に目を塞ぐ愚行。でも、自分を含む人間の中に愛する人だけを特化して思う気持ちが消えないことは確かなのだ。あとは、皆がその気持ちを優先させても誰も犠牲にならない世界があればいい。戦争根絶は、武力否定は、そのための一手段に過ぎない。
「……ティエ? 難しい顔して、どした?」
 クリスマスの朝に貴方の枕元へ贈るプレゼントを用意している。ティエリアは今、どうしても、二ヶ月かけて編んだマフラーをニールに見せてしまいたかった。


2009/12/24
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