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俺がティエリアとすれ違ったのは、クリスマスも間近に迫った夕暮れだった。
それなりに混んだ繁華街をティエリアは黙々と歩いていて、俯いた顔にさらさらの横髪が流れていて、明らかにサイズの余っている赤茶のレザーブルゾンが死ぬほど似合わなくてかわいくて。
だらりと垂らした右手の指は――隣を歩く、兄さんに絡められていた。
二人はそそくさと繁華街を早足で通り過ぎる。クリスマス前の喧騒に塗れ、ともすれば電飾の渦に埋もれかねない希薄さだ。できるだけ気配を押し殺しているのだろう。そうやって小さく小さく息を潜めて生きている。トレミーを降りて、この街で、二人。
俺は見て見ぬふりをした。
そしてティエリアは最後まで俺に気付かなかった。俯きながらかすかに口許が揺れ、相槌を打っているのだと分かる、そんな至近距離ですれ違ってもなお俺を認識した様子はなかった。すれ違いざま小さく小さく、柔らかい笑い声がした。ティエリアの指は兄さんの指を振りほどいて腕にしっかり絡まっていた。
「――ヘコむよな」
「そうか」
ひとしきり愚痴って立ったままぐいとヤケ酒を呷る。聞いているのかいないのか、起伏の読めない表情で俺をひたすら見ていた刹那は、この時初めて眉を一瞬だけ跳ねさせた。
地上になんて降りるんじゃなかった。あンなもん見せられるハメになって。クリスマスにかこつけて束の間の休暇など申請した俺が馬鹿だった。
「俺だってさぁ、アテがあったらいつまでもガンダムマイスターやってねっつの。つかティエリアと一緒に引退したいとか俺のが先に思いついてたわけ、兄さんより」
「そうか」
「や、ガンダムが嫌いなんじゃねぇんだぜ? ただ俺も数ある選択肢のうちここに残るっていう使命を選んだってか、やっぱケルディム扱えんのは俺だけだしさ」
「そうか」
「アンタだってマリナ姫のことがなかったらとっくに引退してんだろ? ――いや、してねぇな」
「そうだな」
「そうだよな、俺らの決意は生半可なもんじゃねぇし、紛争に武力介入する強力な憎まれ役は存在そのものに意味がある、だよな、なっ、刹那」
「そうだな」
俺は思いっきり仰のいて瓶の酒を飲み干した。ぽとんと最後に落ちる一滴を突き出した舌先で受け止める。熱い。アルコールが舌に痺れを残し、舌から咽喉に熱が溜まる。
酔ってきたか、と頭のフチで考えた。
ティエリアが好きだった。いや、好きじゃなかった。兄さんの想い人を横から掻っ攫いたかっただけだ。いや、それも違う。俺だってちゃんと好きだったんだ。兄さんを? いや、ティエリアを。
顔の上に掲げていた瓶を振り下ろすタイミングで俺はすとんと刹那のベッドに座っていた。座らされていた。すでに座っていた刹那が俺の手首を引いたのだ。勢い余って刹那の肩に凭れかかり、俺は慌てて身を起こす。
「……せ、刹那?」
だが俺は身を起こせなかった。肘を乱暴に引っ張られたせいで一層刹那に密着している。刹那は無言で俺の腰へ手を回す。
酔いの回った頭がふら付き、刹那の首筋にことんと乗った。乗せてしまうと高さがちょうど気持ちいい。気持ちよすぎて頭がそこからじりとも動かせなくなるくらい。
「俺がいる」
「……はぁ? アンタ、何言ってんの?」
「ティエリアはニールとともにCBを去った。だがここにはまだ俺がいる。それでいいだろう」
慰め、だろうか。刹那の声が高すぎず低すぎず、耳を押し付けたところから振動になって脳へ伝う。頭を撫ぜられている気分になる。
あれ、俺、ほだされてねぇ? いいのか? いいか。
「いいな、それで。うん。いいぜ」
「そうか」
刹那の振動がひどく瞼を揺すぶった。閉ざすと内側がアルコールを直接含まされたごとく熱を持った。
「アンタ意外と……口説き文句、ウマイな」
「そうか」
「どんな女でも惚れるぜ。イチコロ」
「そうか。――お前はどうだ、ライル」
「惚れる惚れる」
「本当か」
「マジマジ、大マジ」
「そうか」
「そうそう」
凭れていた肩が腕に代わって、俺は目を瞑ったまま次の行為をじっと待った。ほどなく唇に生温い感触が掠め去り、不思議なほど穏やかに俺はそれを受けていた。
「俺らの行為がさ……CBを存続させるっつう、この行為がさ……」
見えない視界で闇雲に刹那へ腕を伸ばす。縋りつくように抱き締める。
「……あいつらの未来を拓く……かもしれねぇよな……」
かつて同じことを兄さんも考えたとは、俺も刹那も知らなかった。
俺は迷える小鳥みたいに雨宿りする場所を探して、刹那は俺を彼唯一の拠り所であるCBの鳥かごに繋ぎ止めたがって。きっとそうに違いない、俺のこの気持ちも、刹那が俺を甘やかすわけも、たかがその程度の動機から生まれるまやかしでしかないはず。
本気じゃない、と本気で念じながら、俺は刹那のキスを求めた。
それなりに混んだ繁華街をティエリアは黙々と歩いていて、俯いた顔にさらさらの横髪が流れていて、明らかにサイズの余っている赤茶のレザーブルゾンが死ぬほど似合わなくてかわいくて。
だらりと垂らした右手の指は――隣を歩く、兄さんに絡められていた。
二人はそそくさと繁華街を早足で通り過ぎる。クリスマス前の喧騒に塗れ、ともすれば電飾の渦に埋もれかねない希薄さだ。できるだけ気配を押し殺しているのだろう。そうやって小さく小さく息を潜めて生きている。トレミーを降りて、この街で、二人。
俺は見て見ぬふりをした。
そしてティエリアは最後まで俺に気付かなかった。俯きながらかすかに口許が揺れ、相槌を打っているのだと分かる、そんな至近距離ですれ違ってもなお俺を認識した様子はなかった。すれ違いざま小さく小さく、柔らかい笑い声がした。ティエリアの指は兄さんの指を振りほどいて腕にしっかり絡まっていた。
「――ヘコむよな」
「そうか」
ひとしきり愚痴って立ったままぐいとヤケ酒を呷る。聞いているのかいないのか、起伏の読めない表情で俺をひたすら見ていた刹那は、この時初めて眉を一瞬だけ跳ねさせた。
地上になんて降りるんじゃなかった。あンなもん見せられるハメになって。クリスマスにかこつけて束の間の休暇など申請した俺が馬鹿だった。
「俺だってさぁ、アテがあったらいつまでもガンダムマイスターやってねっつの。つかティエリアと一緒に引退したいとか俺のが先に思いついてたわけ、兄さんより」
「そうか」
「や、ガンダムが嫌いなんじゃねぇんだぜ? ただ俺も数ある選択肢のうちここに残るっていう使命を選んだってか、やっぱケルディム扱えんのは俺だけだしさ」
「そうか」
「アンタだってマリナ姫のことがなかったらとっくに引退してんだろ? ――いや、してねぇな」
「そうだな」
「そうだよな、俺らの決意は生半可なもんじゃねぇし、紛争に武力介入する強力な憎まれ役は存在そのものに意味がある、だよな、なっ、刹那」
「そうだな」
俺は思いっきり仰のいて瓶の酒を飲み干した。ぽとんと最後に落ちる一滴を突き出した舌先で受け止める。熱い。アルコールが舌に痺れを残し、舌から咽喉に熱が溜まる。
酔ってきたか、と頭のフチで考えた。
ティエリアが好きだった。いや、好きじゃなかった。兄さんの想い人を横から掻っ攫いたかっただけだ。いや、それも違う。俺だってちゃんと好きだったんだ。兄さんを? いや、ティエリアを。
顔の上に掲げていた瓶を振り下ろすタイミングで俺はすとんと刹那のベッドに座っていた。座らされていた。すでに座っていた刹那が俺の手首を引いたのだ。勢い余って刹那の肩に凭れかかり、俺は慌てて身を起こす。
「……せ、刹那?」
だが俺は身を起こせなかった。肘を乱暴に引っ張られたせいで一層刹那に密着している。刹那は無言で俺の腰へ手を回す。
酔いの回った頭がふら付き、刹那の首筋にことんと乗った。乗せてしまうと高さがちょうど気持ちいい。気持ちよすぎて頭がそこからじりとも動かせなくなるくらい。
「俺がいる」
「……はぁ? アンタ、何言ってんの?」
「ティエリアはニールとともにCBを去った。だがここにはまだ俺がいる。それでいいだろう」
慰め、だろうか。刹那の声が高すぎず低すぎず、耳を押し付けたところから振動になって脳へ伝う。頭を撫ぜられている気分になる。
あれ、俺、ほだされてねぇ? いいのか? いいか。
「いいな、それで。うん。いいぜ」
「そうか」
刹那の振動がひどく瞼を揺すぶった。閉ざすと内側がアルコールを直接含まされたごとく熱を持った。
「アンタ意外と……口説き文句、ウマイな」
「そうか」
「どんな女でも惚れるぜ。イチコロ」
「そうか。――お前はどうだ、ライル」
「惚れる惚れる」
「本当か」
「マジマジ、大マジ」
「そうか」
「そうそう」
凭れていた肩が腕に代わって、俺は目を瞑ったまま次の行為をじっと待った。ほどなく唇に生温い感触が掠め去り、不思議なほど穏やかに俺はそれを受けていた。
「俺らの行為がさ……CBを存続させるっつう、この行為がさ……」
見えない視界で闇雲に刹那へ腕を伸ばす。縋りつくように抱き締める。
「……あいつらの未来を拓く……かもしれねぇよな……」
かつて同じことを兄さんも考えたとは、俺も刹那も知らなかった。
俺は迷える小鳥みたいに雨宿りする場所を探して、刹那は俺を彼唯一の拠り所であるCBの鳥かごに繋ぎ止めたがって。きっとそうに違いない、俺のこの気持ちも、刹那が俺を甘やかすわけも、たかがその程度の動機から生まれるまやかしでしかないはず。
本気じゃない、と本気で念じながら、俺は刹那のキスを求めた。
2009/10/15
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