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 ヴェーダ本体はおよそ機械らしくなかった。夜中に水族館へ迷い込んだよう。魚の代わりにいくつものホログラムが浮かんでは明滅し、水中を漂う泡のように二次元ディスプレイが濫立している。それは実際に夜中だからそう思えたのかもしれなかったが、ロックオンは、深海を旅する魚のようにできるだけ音を立てないで無重力空間の真ん中を進んだ。中心部へと。
「……お前な。そりゃないだろ」
 中心部には球状の結晶がある。一抱えもあるそれはルビー色に発光している。あまりにも彼の瞳をくり抜いたような色だから、ロックオンは却って躊躇いなく親しげに話しかけられた。
『……最初の言葉がそれですか』
「こっちの台詞だ。五年ぶりに会えたと思ったらこんな色気のねぇ球体」
『中心部だけが僕ではありません。この空間と、それを構成する物質すべてがヴェーダでありかつ僕である』
「だーかーら、ぜんぶ無機質だっつうの」
 事情は弟から聞いた。ティエリアの精神はヴェーダと完全にリンクしている。そして肉体はもはやない。今やヴェーダはティエリアであり、ティエリアがヴェーダ自身であった。ティエリアは意志あるスーパーコンピュータとなったのである。
 消えてしまうよりずっと良かった。ロックオンはそっと球体の表面を手で撫でる。ティエリアの頬を思い出しながら。
『そんな、触れ方を……ッ』
 ティエリアが困惑した声を出した。わずかに機械的な合成音声さを滲ませる声に、どこから聞こえてくんだとかよく再現できてんじゃねぇかとかひとしきり感想を並べて、
「……寂しいなぁ」
本音はそこに尽きると思った。生身のティエリアを掻き抱きたかった。温かい頬にキスしたかった。潤むとガーネットに変じる瞳を、涙ごと愛してやりたかった。
「俺、毎日ここに来っから」
 ロックオンは球体に頬擦りをする。そしてティエリアの細い体を思い出し、ティエリアの体にしているつもりで、間違いなくティエリアの精神が宿る演算処理システムのガラスでできた表面に――目を閉じて唇を押し付けた。


2009/03/26
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